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花のない花祭り  3   




 馬車の車輪に明らかな工作の跡が見つかり、馬の精神状態の異常に術の関与が認められた。目的はパレードの妨害か、暗殺か。様々な可能性が予測されたが、犯行の予告や、声明がないことからはっきりとせず、パレードは延期となった。
 犯人への手がかりとなったのは、馬への術の関与であった。あまり上手でない術者によって発動されたそれは痕跡が残っており、アガットとサエラが丹念に辿って見つけ出したのだ。
「どうして、あなたなの」
 予想もしていなかったのに、たどり着いた先に知った顔があれば、誰であっても驚くだろう。それが、犯人探しの途中であれば特に。
 仲間数人に囲まれて、追っ手と対面したレスターは最初に会った時と同じような不機嫌な表情でアガットを見た。
「追っ手があなただとは思わなかったわ。もう、ばれちゃったの」
 アガットがうろたえる様を見て、レスターはくすりと笑った。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。まるで、立場が逆みたいだわ」
 アガット自身が親しいわけではなかったが、子供達は今でも彼女を慕っている。それに、彼女の所へ行ったヒース達三人はどうなったのだろう。不安がアガットの胸をよぎる。
「ヒース達はどうしたの」
「大丈夫よ。あの子達にはまだ重要な仕事を任せられるだけの実力はないもの」
「どうやら、顔見知りのようだね。と、言う事は今回の件は皇太子殿下がらみってわけだ。犯行声明も要求も何もないから、さっぱり予測がつかなくて苦労したが、これで背後関係もわかりそうだ」
 サエラはレスターの右手の袖をまくって腕輪の有無を確認する。
「あんたが、馬に術をかけた術者だね。未登録か。どうにもあんたが主犯とは思えないんだがね、重要参考人として一緒に来てもらうよ」
「……残念だわ。あたし、結構自信があったのよ」
「ああ、術の痕跡の消し方さえ知っていれば良い仕事ができただろうよ。最も、そうしたとしても、馬車を使用する前に、今回と同じように私が気がついただろうけどね」
「大した自信ね」
「一応、これでもクリエーナで一番の術使いと呼ばれてるんでね。それなりの仕事はできないとまずいだろう」
 しばらくの間サエラを醒めた目で見返してから、くるりとレスターは仲間達を振り返った。
「ちょっと行ってくる。仲間に入れてくれてありがとう。同世代の子達とつるんだのは初めてだったから、色々楽しかった。……さ、行きましょう」
 サエラを目で促して、まっすぐに扉に向かって歩き出したレスターの後を仲間が追って来ようとする。
「お前達、そこを動くんじゃないよ。今から建物内を捜査するからね」
 サエラがにらみつけると、その場で立ち止まった。
 レスターは一度も振り返らずに、サエラとアガットに連れられて建物を後にした。



「レスターの罪をなんとか軽くできないかな」
 深々とため息をついて、アガットは唇を噛んだ。
「それは無理でしょう」
 カリョナの言葉はシルビアによって一蹴される。アガットもそれが無理な事ぐらい百も承知していた。けれども、倉庫の子供達の事を考えると言わずにはいられなかったのだ。
「皇家、特に皇帝、皇太子に危害を加えれば、それが未遂であっても首が飛ぶ事くらい常識でしょう? そんな事は庶民でも知っています。それでもしたということは覚悟の上だったのでしょう」
「なぜ、あんな事をしたのかしら」
 レスターと顔見知りであったために、アガットは事件の捜査に関わる事が出来なくなってしまった。表向きにはあのような騒動があったことが嘘のように落ち着いた日常が戻ってきている。けれども、アガットの心中は穏やかではなかった。
「……私が話したと言わないでいただけますか」
 少しためらった後に、シルビアは小声で切り出した。少しの迷いもなく、すぐさまアガットは頷く。そして、以前の失敗を繰り返さないよう防音の術を部屋に張り巡らせた。
「今回の件、首謀者はドリュ様になるそうです。とはいっても、ドリュ様自身が指示したわけではなくて、ドリュ様が支援している組織がドリュ様の心中を察して勝手に動いた、という事らしいのですが、知っていて止めなかったということでドリュ様が首謀者扱いという事になるそうです」
「ドリュが?」
「ドリュ様は、開国する際にサザローズではなくて伊羅と最初に取引をするつもりだったようです。ホープコートは、伊羅と接していますからね。どちらが先に接触を持ったかはわかりませんが、もう水面下で何度も話し合いを持っていたそうです。その点でも罪状が増えそうですね。ですから、カルビエ様の取った方針はドリュ様にとってあまり好ましくないものだったわけです。新年の一番の議会で、その話題が上がらないように何か対策を立てようとした結果があの事件なのでしょう、と。今のところわかっているのはそれぐらいですね」
 アガットが長らく疑問に思っていたことが、これで解決した。ドリュが、皇太子ではなく、皇女に話を持ってきた理由はそこにあったのだろう。おそらく、カルビエはドリュと、いつか開国するならば、皇妃の国が最初の取引先として望ましいだろうというような話をしたのだと予測できる。その時、ドリュはカルビエとは組まない事に決めたのだ。
「この捜査で、延期されていたパレードは中止になってしまいましたけど、新年の議会ではサエラさまの情報操作がなくとも必然的に他国との取引の再開について話題にのぼりそうです」
「ドリュの気持ちを察して行動したという男とレスターと、ドリュは、きっと重い罪に問われる事になるのよね」
 シルビアは一度俯き、顔を上げた。
「おそらく、その二名は絞首刑、ドリュ様は幽閉の身になるのではないかとの事です。何もかもを調べ上げた後にはなるだろうと思いますけど」
「聞かなきゃ良かったかも」
 明日は倉庫に行く日なのだ。まだ正式に裁かれてもいない段階であるため、子供達に真相を話すことはできない。いつか、真実を知る日がくれば、きっと子供達は悲しむ事だろう。そして、その真実を伝えるのはきっと自分の役目なのだ。それを思うとアガットは子供達に会うことが憂鬱に思えて仕方がなかった。
「子供達に会うの、つらいですね」
 察していたわってくれるシルビアの存在が、今のアガットにはありがたかった。


 翌日、リヴを迎えに宿屋に寄ると、元気いっぱいに跳ねるように駆け寄ってきた少年は、アガットの顔をみると不思議そうに首を傾けた。
「何難しい顔してんだよ。眉間にしわが残ってんぞ」
 カリョナは笑おうとしたが引きつるばかりで上手くいかない。
「まだ、難しい顔してる。なあ、笑えよ。姉ちゃんは笑ったほうがかわいいぞ」
 まったく、しっかりしろよな。などといいながらリヴは背伸びをして母親が子供にするように、ぽんぽんとアガットの頭をたたいた。いつも、メリエムはそうするのだろうか。母親が自分にもたらす効果が、アガットにもあると信じきって、リヴは真剣にアガットの瞳を覗き込んでいる。そこでやっとアガットはほんの少し笑う事ができた。
「リヴ、ありがとう」
 自分は、いつだって誰かに助けられているのだ、とアガットはリヴを抱きしめる。こんなに小さな子供だって、十分に自分を助けてくれているのだ。きっとなんとかなる、と理由もなく確信する事ができた。
「やめろよぉ」
 腕の中でじたばたと暴れるリヴを開放すると、アガットは、今度は本当に笑う事ができた。

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