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ある夜の出来事   




 寄り添った体から分け与えられる体温がひどく心地いい。肌触りのよい敷物の上に半身を横たえ、肴を口に放り込む。
「もうすぐリヴ君も成人してお酒が許される年になると言うのに、姫様が何時までもお酒嫌いなのはどうかと思うんですよね」
 果実酒のグラスを空けてシルビアはぽつりといった。普段に比べるとほんの少し目が据わっており、頬も赤く、お酒が回っていることがよくわかる。
「酔っていてもいなくても、いつもいつもカリョのことばっかりだよね。たまには僕のことも何か言わない?」
 耳元でささやかれ「またそんなことを」とシルビアはふくれて見せたが目は笑っている。目の前にある耳の柔らかい部分を軽く噛んでカルビエは果実酒を継ぎ足してやった。
 こそばがって、シルビアは身をよじった。空気が揺れて燭台の明かりがチラチラと揺れる。
「ところでどうして、リヴの名前が出てくるのかな」
「え、まさか知らないんですか」
 寄りかかって肩に体重を預けたシルビアに、何が? と返してカルビエは首をかしげる。
「リヴ君は姫様のことが好きなんですよ」
「そうなの?」
「カルビエさまって、鈍いですよね。見てたらわかるじゃないですか」
 ゴホン、とわざとらしい咳をしてカルビエは体を起こす。
「誰が鈍いって? 僕はリヴにはほとんど会わないから知るわけないじゃないか。どこかの誰かさんの鈍さに比べたら絶対マシだと思うけどね?」
「どこかの誰かってどなたのことでしょうね」
 クスクスと笑ってシルビアはカルビエの袖を引いて元のように引き倒す。クッションの上に倒れこみ、半身を起こしたカルビエはシルビアの顔を覗き込んだ。
「そうだね。遠乗りに行かないかって誘って、二人とも馬に乗れるというのに1頭の馬に相乗りしたにもかかわらず僕の気持ちに気がつかなかったり、気持ちが通じ合った後にサエラの娘にならないかって言った時、大真面目な顔して親がいなくて寂しがっているように見えますかなんていう人のことかな」
 平民の出のシルビアを正妃にすることはできない。そこでシルビアをいたく気に入っているイザベラがそれはいそいそとサエラに話をつけてくれたのだ。サエラはそこそこの身分の家柄で、筆頭術使いであるからその養女になれば、身分を釣り合わせることができる。
もちろん、そこへ至る道のりは決して平坦ではなかったけれど。
「――知らない振りしたに決まってるじゃないですか」
「そんな風には見えなかったけどね。僕の目が悪いのかな?」
「そうですよ」
 まっすぐに見返した瞳のすぐ上についばむ様な口付けを落としてカルビエは立ち上がりシルビアに片手を伸ばす。
「それじゃあ、こんな風に楽しくお酒が飲めるよう鍛えなくてはね。さあ、カリョを襲撃に行こうか」
「今夜は一緒に姫様いじめましょうね」


 この夜の一番の被害者は、いうまでもなく今まさに眠りにつこうとしていたカリョナであることはいうまでも無い。

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