境界線の向こう側

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 かのこは、二つ並べた机の隙間に印でもつけるように、ものさしを何度もこすりつけた。
「こっから絶対はいらんとってや。教科書1mmだって許さんからね」
 かのこはぷくりと頬を膨らまして、僕をにらみつける。そのふくれっつらが見たくて消しゴムを乱暴に机に投げ置いた。まるくなった消しゴムは僕が予想した以上に上手に転がって、書き取りをはじめたかのこの鉛筆の先にたどり着く。
「ちょっと、やっちん。いいかげんにしてよ!」
 僕がちょっとでも何かをすると、くるくる変わる表情がとてもかわいくて、にやにやと笑う。
「別にわざとやないし。僕がわざとそんなことをした証拠がなんかあるん?」
 もちろん、書き取りをするために下を向いていたかのこが僕が消しゴムを投げるところを見たはずはない。言葉に詰まったかのこは悔しそうに唇を噛んで、再び書き取り帳に向き合った。
 僕も漢字ドリルを開いて、鉛筆を握った。もちろん、素直に課題の書き取りをするためなんかじゃない。
「水の仲間。かわ、かーわ、川。かわかわかわかわ。せんが三本。しゅっしゅっしゅーっと。うみ、海……うーみ、うみうみうみうみ。うーみーはーひろいーな」
 となりでぼそぼそとつぶやきながら、書き取りノートを埋めていく。お隣さんには少しうるさい音量の声に、かのこは盛大なため息をついた。
「やっちん、じゃませんとって!! これ以上いらんことしたら先生に言うで」
「まじめに書き取りしとるんの何が悪い」
 かのこがキッっと僕をにらみつける。あーあ、この顔はほんとに怒ったときの顔だ。ちょっとやりすぎたかな。
「せんせー、やっちんが、かのこの勉強じゃまします」
 手を挙げたかのこと僕を交互に見比べ、それから先生は困ったような視線を僕に向けた。
「八塚くん、授業中に遊ぶのはやめましょう」
 へへ、と僕は笑ったけど、ちっとも反省なんてしなかった。そうだトカゲを引き出しに入れたらどんな顔をするだろう。
 かのこはちらりと上目遣いにこちらを見て、思いっきり唇を結ぶとそっぽを向いた。おかっぱの髪の毛が少し遅れてふわりとゆれた。

 明日はかのこになにしてやろうかな。


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