隙をつく


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「おじゃましまーす」
 チャイムも鳴らさずに扉を開く。
「あのね、ゆーいちくん、これお母さんが持ってけって」
 ぬるくかけたクーラーに、熱った体が足元から飲み込まれた。
 彼女とかいたら悪いのにって思うんだけど、いちいちチャイムに反応するのがめんどうだからって、ゆーいちくんは勝手に入れって言う。最近ではすっかり慣れたものだ。最初は妙にドキドキしていたというのに。
 ゆーいちくんちとは昔から、家族ぐるみで仲が良かった。あたしが小学校の中学年の頃だったかに引っ越して。今はこっちの大学に入ったゆーいちくんだけが戻ってきてるのだ。
 うちの両親はゆーいちくんの親に頼まれてるからってよく夕飯に誘ったり、夕飯をおすそ分けしたりしている。
「し、栞っ!?」
 ゆーいちくんはあたしが差し出した紙袋を見てすっとんきょうな声をあげだ。
「え、何? これ、いつも通りのうちのご飯のおすそわけだけど」
「あ、ありがとう……じゃなくてっ」
 部屋の隅にまとめられた取り入れたばっかりの洗濯物の山からごそごそと薄手のシャツを取り出してゆーいちくんはそれを投げた。
「頼むからそれ、着て」
「なんでー? ゆーいちくんち暑いから涼しいかっこしてきたのに」
「クーラーきつくするから。頼むよ」
 ゆーいちくんがあんまり真剣に頼むから、あたしはしぶしぶシャツに袖を通した。
 あーあ、買ったばっかのお気に入りのホルダーネックだったのに。なんで上に着ろって言うのかなー。


 洗ったばっかりのシャツは石鹸の香りと、おひさまとゆーいちくんの匂いがした。


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