それでも僕は


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「ゆーいちくん、お願い。車出してっ」
 栞に頼まれれば、僕は断ることが出来ない。
「裕一君、送ってやることはない」
 僕の家と、栞の家は家族ぐるみで仲が良かった。僕が中学のときに引っ越すまでは晩御飯はほとんど毎日どちらかの家で食べていたぐらいだ。僕はこっちの方にある大学に進学してこの町に戻ってきた。栞の両親はいまでも僕をかわいがってくれていてしょっちゅう僕を夕食に呼んでくれる。僕は、喜んで誘いに乗る。

――栞がいるからだ。

「別にかまいませんよ。この家にはよくしてもらってるし、僕にはこれぐらいしかできませんから」
 そうか? とおじさんは車の鍵を僕に放った。
「すまんな、一人娘のせいかわがままで」
 いいえ、と首を振りながら僕は内心で満面の笑みを浮かべた。
「きゃー、ゆーいちくんありがとっ」
 パタパタと玄関に駆けていく栞を僕はゆっくりとした足取りで追う。
「どこ?」
「駅前!」
 栞のために助手席の扉を開けてから、僕は運転席におさまった。エンジンが心地いい低い音でうなり声を上げる。クラッチを踏んで、ギアに手をかける。
「今日は何なの?」
「クラスの子たちと遊ぶんだ〜。めずらしく佐藤君も来るって言うからさ、すっごく楽しみなの。佐藤君ってさ、すごいのよ。こないだ数学の授業中にね……」
「――この所佐藤君にご執心だね」
 僕の気持ちになんてまったく気がつかずに、うん、と栞は黄色い声を上げた。

「行ってらっしゃい。楽しんでおいでよね」
「ありがとう」
 栞は手を振る同級生達のところに駆け出した。彼女は一度だって振り返らない。僕は、栞が駅ビルに入ってしまうまでその背中を見送った。

 栞が僕の気持ちに気がついていないことも、僕なんて問題外だってことも知っている。
 それでも僕は、栞のことが好きなのだ。それこそ、家族ぐるみで一緒に晩御飯を食べていたころから。

 もしかしたら一生報われることはないのかもしれない。
 ――それでも栞を好きな気持ちは変わらない


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