気づいていながら


TOP目次




 今から思い返せば、裕一君が私のことを好きだったのはもう、ずーっと前からのことなのだ。


 気づいていながら、私はいまだに裕一君を「おにいちゃん」のままにしている。
 うん、そろそろなんとかしないと裕一君がかわいそうだよね。そう思うのだけど、私は「お兄ちゃん」の裕一君に甘えてしまう。もう、覚えていないくらいずーっと「お兄ちゃん」をしてもらっていたから。いまさら、どうしていいかわかんないんだよね。
「じゃ、行って来るね。送ってくれてありがと」
 そんなことを言う矢先にもう、車で送ってもらってるし。
 裕一君の車が行ってしまうまで見送って、私は喫茶店の扉を開けた。カラン、とベルが鳴る。
 クーラーの冷やっこい空気が足元から私の体を飲み込んだ。

「栞ー、久しぶり。こっちこっち」
 芽衣子が手を振る奥のテーブル席に私はまっすぐに歩いていく。私が気が付いたことを知ると、芽衣子は指を挟んで閉じていた文庫本を傍らのショルダーバックにしまいこんだ。
「あ、芽衣子髪の毛切ったんだ」
「うんそうよー。もう暑いしね。……ねぇ栞、ところでさ今の人誰?」
 芽衣子が窓の外を親指で指しながら、にやにやと笑って顔を覗きこむ。
「なかなかいい感じだったじゃない」
 あれ、芽衣子知らなかったっけ? 芽衣子が知らなかったことに、私は驚いた。
 芽衣子は、高校時代からの仲のいい友人だ。のぞみと共に、女友達の少ない私が一番長く付き合っている親友みたいなものだ。
「そっか、そういえば送り迎え禁止だったから高校には送ってもらったことないしなぁ。あれが裕一君。幼馴染なの。私のおにいちゃんみたいなもんかなぁ」
「ただの幼馴染のお兄ちゃん?」
 “ただの”を芽衣子はすごく強調した。長い付き合いだ、聞きたいことはわかってる。
「う、ん。……いまはね。いつ、お兄ちゃんをやめてもらおうかって。どうやってお兄ちゃんをやめてもらおうかって考え中」
 ふうん、と鼻にかけたような芽衣子の笑い声が妙にくすぐったくて私は机に顔をうずめた。


TOP目次


Copyright(c) 2006 sakaki all rights reserved.