コート


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「亘くんじゃない。帰ちゃうの?」
 人ごみに疲れて会場を出たところで望の弟にばったりと会った。帰るのかと聞いたのはまだパーティーが途中なのに、彼がコートを着ていたからだ。
 秋色を帯びてきた風が、熱った体に気持ちがいい。
「――姉貴と担任の顔見てても別に面白くないし」
 無愛想に亘くんは答える。同年代の子は会場にいないようだし、退屈するのも無理はないだろうと思う。
「お姉ちゃん結婚したら寂しいんじゃないのォ?」
 何となくからかってみる。一人っ子の私は何となくだけど弟が欲しかったのだ。
「芽衣子さんこそ、その年でカレシの一人もいないなんて寂しいんじゃないですか」
 間髪をおかずに言い返される。亘くんはむっとした顔で近寄ってきた。
「――その相変わらずの減らず口、何とかしないとそっちこそ彼女できないんじゃない?」
 その絶妙なタイミングと減らず口が面白くて、私はさらに言い返す。
「芽衣子さん、もしかして酔ってる?」
「うるさいわね」
 ムキになって言い返してくるかと思ったけど、コドモなのは私のほうのようだ。
 並んで腰掛けて、お店を借り切ったパーティーの会場をぼんやりと眺める。
 栞に何かを言われて、望が照れたように笑っている。どうやら、からかって遊ばれているらしい。

 人ごみを離れて熱がさめると、涼しかった風がとたんに冷たくなった。少し強い風が吹いてぶるりと震える。亘くんが隣で立ち上がる気配を感じた。
「帰るの?」
 振り返ると同時、肩口にふわりと何かをかけられる。
 何かと思って見てみてば、亘くんが羽織っていたコートだった。体温が残っていてほんのりとあたたかい。

「……キザ。――どこでそんなの覚えたの」
 うるさいな、と亘くんは口の中で呟いた。
「ねえ、このまま一緒にここから抜けちゃおうか」

 冗談半分に提案したのに、意外にも「いいっすよ」と承諾の返事が返った。


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